マイケル・ジャクソン ビート・イット( Beat It )

作詞・作曲/マイケル・ジャクソン

Michael Jackson Thriller ( EPIC )

Beat It


They told him don't you ever come around here
奴らは奴に「二度とこの辺をうろつくんじゃねえ」と言った
Don't wanna see your face,
オマエのツラは見たくねえのさ
you better disappear
だから消えなよ
The fire's in ther eyes and their words are
奴らの目ツキとセリフは
really clear
ありゃマジだぜ
So beat it, just beat it
だからブチノメセ、コテンパンにブチノメセ

You better run, you better do what you can
オマエは逃げたほうがイイゼ、何がなんでもな
Don't wanna see no blood,
血は見たくねえんだ
don't be a macho man
イキがらねえでよ
You wanna be tough, better do what you can
オマエが勝ちたかったら、何がなんでも
So beat it, but you wanna be bad
だからブチノメセ、オマエがワルになりたかったら

Just beat it, beat it, beat it, beat it
コテンパンにブチノメセ、ブチノメセ、ブチノメセ、ブチノメセ
No one wants to be defeated
だれも負けたくはねえのさ
Showin' how funky and strong is your fight
オマエの喧嘩がどんなに荒っぽくって強いか見せてやれ
It doessn't mother who's wrong or right
オフクロが「どっちが良くて、どっちが悪いの」って言ってもよ
Just beat it, beat it
コテンパンにブチノメセ、ブチノメセ
Just beat it, beat it
コテンパンにブチノメセ、ブチノメセ
Just beat it, beat it
コテンパンにブチノメセ、ブチノメセ
Just beat it, beat it
コテンパンにブチノメセ、ブチノメセ

They're out to get you,
奴らがオマエを追い出しても
better leave while you can
出来るだけここを離れていたほうがいいぜ
Don't wanna be a boy, you wanna be a man
ヒヨッコのままじゃなく、男になりたかったら
You wanna stay alive, better do what you can
オマエが生きていたかったら、何がなんでも
So beat it, just beat it
だからブチノメセ、コテンパンにブチノメセ

You have to show them that
オマエは奴らに見せなきゃならねえ
you're really not scared
ぜんぜん臆病じゃねえところを
You're playin' with your life,
オマエが余裕しゃくしゃくってことを
this ain't no truth or dare
オマエが嘘でも強がりでもないってことを
They'll kick you, then they beat you
奴らはオマエを蹴り上げてブチノメスだろう
Then they'll tell you it's fair
そして「これはフェアだ」と言う
So beat it, but you wanna be bad
だからブチノメセ、オマエがワルになりたかったら





この曲を作って歌っているマイケル・ジャクソン
(1958年生まれ)はミシガン州に隣接した
インディアナ州のゲーリーに生まれました。街は
ミシガン湖に面し、シカゴは隣街です。アフリカ系
アメリカ人として製鉄所で働く父とパートで働く母
との間の10人兄弟妹の6男坊として生まれ、
幼稚園時代から歌を歌い、わずか4才で映画
「サウンド・オブ・ミュージック」のエンディング曲
「全ての山に登れ」を歌いました。父は昔R&Bバンド
でギタリストをしていたこともあり、マイケルが4才
の時兄3人と従兄弟2人でボーカルグループを結成
しました。5才の時グループに加わり歌い始め、
8才で4人の兄たちと正式にジャクソンファイブ
を結成しました。地元ゲーリーのナイトクラブで
デビューし、翌年にはニューヨークのアポロ劇場
にも進出し、大々的なタレントコンテストで優勝
しました。そこでモータウン・レコードに紹介された
ジャクソンファイブは1968年にモータウン・
レコードと正式に契約を結び、1969年にシングル盤
(I want you back)でメジャーデビューし、いきなり
ヒットチャート全米1位にまで上り詰めました。
その次のシングル(ABC)も1位を獲得、その後
(The Love You Save)、(I'll Be There)もシングル
で4曲連続で全米チャート1位となりました。13才
の時マイケルはソロデビューしTVにも出演する
ようになり、17才の時にモータウン・レコードから、
エピック・レコードに移籍しました。20才の時
ダイアナ・ロス主演のミュージカル映画「ウィズ」
にカカシ役で出演していたとき、クインシー・
ジョーンズと出会いクインシーが彼のプロデューサー
となりました。クインシーをプロデューサーに迎え
「オフ・ザ・ウォール」を制作し、シングルとして
発表された「今夜はドント・ストップ」は、初めて
マイケル自身が作詞作曲を手がけたナンバーで、
全米チャートを制覇しました。次の(Rock With You)
もビルボードで4週連続1位を獲得しました。
24才の時にはクインシーのプロデュースにより、
スティーヴン・スピルバーグ監督の「E.T.」のアルバムの
制作に参加し、次に制作した「スリラー」がここで紹介
しているアルバムで、全米チャートで37週にわたり
1位を記録し、プロモーション・ビデオも世界的な
話題となりました。アルバムの売り上げは世界記録を
更新し、この頃から舞台で見せたムーンウォーク・ダンス
は彼の歌とともに世界中で話題となりました。その後も
ありとあらゆるチャートの記録をぬりかえ、公私ともに
ポップ界の話題を作りつづけております。


マイケル・ジャクソン( 公式サイト )

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