沢田研二 / カサブランカ・ダンディ
作詞 / 阿久悠
作曲 / 大野克夫
ROYAL STRAIGHT FLUSH ( WATANABE )
この歌の詩を書いた阿久悠(1937年生まれ)は兵庫県
洲本市生まれで、県立洲本高等学校卒業後、明治大学の
文学部を卒業し、同大学院修士課程修了後、広告代理店
でCMの制作を手がけながら、1964年から放送作家
としても活動し、1966年に退職してフリーの放送作家、
作詞家となりました。作詞家として数々のヒットをとばし、
その作品の総売上は6000万枚を超えております。現代
日本歌謡史の作詞家として頂点を極めた人といえるでしょう。
また小説家としても、”瀬戸内少年野球団”で直木賞候補となり
今は亡き夏目雅子主演で映画化もされました。1982年
には”殺人狂時代ユリエ”で第2回横溝正史ミステリ大賞
を受賞しております。この歌を作曲した大野克夫(1939年
生まれ )は京都の呉服屋に五男坊として生まれ、父親が尺八の
師匠、母親は琴の奏者という音楽一家で育った。京都市立堀川
高等学校2年生の頃、同級生達と”京都ジャズ合戦”に出場し、
優勝に輝き、スカウトされました。卒業後にはスチールギター
奏者としてプロ入りし、スウィング・ウェストのドラマー
だった田邊昭知にスカウトを受け、23才の時上京し、
人気ロックバンドのザ・スパイダースに加入しキーボード奏者
となり、絶大な人気を誇りました。32才でスパイダース解散
後に井上堯之、沢田研二、萩原健一らと共にPYG(ピッグ)を
結成して沢田研二のバックバンドとしても活躍し、同時に沢田
の楽曲を作曲し、38才で”勝手にしやがれ”で日本レコード
大賞を受賞しました。その後は沢田研二のヒット曲の多くを
作曲し、そのほかアニメ映画の音楽など、作曲・編曲・歌・
CM・プロデュースなど幅広い音楽の分野で活躍しております。
ここでこの曲を歌っている沢田研二(1948年生まれ )は
母親の実家である鳥取県で生まれ、5才の時に、京都市にある
親族の家に移り、そこで育ちました。高校生の時、京都市の
ダンス喫茶でアルバイトをしている時、出演していたバンド
に声をかけられ、ヴォーカリストとして加入しました。同じ
ダンス喫茶に出演していた別バンドのメンバーからリード・
ヴォーカルとして誘われた彼は、17才で高校を中退し、正式
のメンバーとして加入しました。彼が参加したバンドは大阪に
あったジャズ喫茶のオーディションを受けて合格し、その翌月
から専属バンドとしてロックを演奏するようになりました。
田邊昭知や内田裕也などに芸能界入りを勧められた彼らは、
この喫茶店で行われたオーディションを受けて合格し、翌月に
新幹線で上京しました。初出演となったテレビ番組”ザ・ヒット
パレード”の日にバンド名をザ・タイガースに変更したあと、
バンドは1967年にシングル盤の”僕のマリー”でデビュー
しました。セカンド・シングル”シーサイドバウンド”と、続く
”モナリザの微笑”でブレイクしたザ・タイガースは、グループ・
サウンズブームも相まって瞬く間にトップ・アイドルとなり、
ハンサムな沢田は熱狂的な人気を博し、一躍芸能界を代表する
国民的なアイドルになりました。その後はミリオンヒットを
連発し、後年は歌手のほかに俳優としても活躍しております。
この曲”カサブランカ・ダンディ”は1979年彼が31才の
時の作品ですが、カサブランカは北アフリカ、モロッコの大都市で、
ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演の往年の
名画”カサブランカ(スペイン語で白い家)”で有名です。ボギー
はハンフリー・ボガートの愛称のことであります。また彼が歌って
いる別の曲”時の過ぎゆくままに”は映画カサブランカの中で
歌われている歌の英曲名"As Time Goes By"を意味するものです。
沢田研二 ( オフィシャル )
阿久悠 ( オフィシャルホームページ )
大野克夫 ( JASRAC HP )
カサブランカ( Wikipedia )
モロッコ西部,大西洋岸にあるエッサウィラのビーチとその周辺の今の様子
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アマゾン・ミュージック 沢田研二
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