ナット・キング・コール
ザ・クリスマス・ソング( The Christmas Song )

作詞・作曲 ロバート・ウェルズ、メル・トーメ

NAT KING COLE ( Capitol )




この歌をロバート・ウェルズと一緒に作って、自分でも歌ったメル・
トーメ(1925-1999)はイリノイ州のシカゴでロシア系ユダヤ人の両親
の元に生まれ、神童の彼はわずか4才でシカゴのレストランでクーン・
サンダーズ・オーケストラをバックにプロとして歌いました。8才
から16才まではネット系列のラジオ放送で声優として出演し、13
才の時に初めての歌を作り、その3年後には"Lament to Love"を作り
それが楽譜出版され、ハリー・ジェームス楽団のヒット曲となり
ました。シカゴの小学生時代は学校の吹奏楽団では太鼓に加わり
ました。そして10代の間はチコ・マークスが率いるマークス・
ブラザースで歌手、ドラムス、編曲を受け持ちました。中学校卒業
後、18才でフランク・シナトラのミュージカル映画" Higher and
Higher"でデビューしました。その後数本の映画、テレビに、歌手、
俳優として出演し、26才で彼自身のTVショー番組に出演しました。
このザ・クリスマス・ソングは彼が19才の時仕事仲間の友人ロバート
(ボブ)・ウェルズの家でボブが書いた詩を見て、2人かかりで45分間
で出来上がった歌で、その2年後にここで歌っているナット・キング・
コールが最初のレコーディングを行い、彼の持ち歌の最大のヒット曲
の一つとなりました。この経緯については、下記のリンクで紹介して
おりますリク村尾さんの”ジャズ詩大全別巻・クリスマス編”に掲載
されておりますので、興味のある方はご覧になって下さい。また彼が
22才の時のミュージカル映画"Good News"で10代のアイドルとして
数年間君臨しました。それまでの間、5人組みボーカル・グループの
メル・トーメとメルトーンズを率いて歌いました。このスタイルは後の
ジャズボーカル・グループのフォー・フレッシュマンやマンハッタン・
トランスファー
に影響を与えました。22才からソロ歌手となり、
ニュー・ヨークのコパカパーナに出演して、司会のフレッド・ロビン
ソンからビロードの霧の声(The Velvet Fog)と称せられ、デッカ、
ミュージクラフト、キャピトル、ベツレヘムのレコード各社から多く
のジャズ・ボーカル・レコードをリリースしました。キャピトルから
リリースされた"Careless Hands"は1位を獲得し、"Again" と "Blue
Moon"は彼の代表曲となりました。また作曲でも"California Suite"と
"Manhattan Tower"を作りました。38才でジューディ・ガーランド
"The Judy Garland Show"のために歌を作曲し、そのショウの編曲を担当
して、自らそのショウに出演して歌いました。60年代以降のジャズ・
ボーカルのライブ・パフォーマンスは高く評価され、ダウンビート誌の
男性ベスト・ジャズ・ボーカリストに選出され、52才の時にはニュー
ヨークのカーネギー・ホールでジョージ・シアリングやジェリー・マリガン
とコンサートを行いました。その後もライブやレコーディングで長く歌い
続けましたが、彼が71才の時に脳出血で倒れ、1999年にはグラミー
の生涯功労賞を受賞しましたが、同年2度目の脳出血で亡くなりました。
ここで歌っているナット・キング・コール(1919-1965)はアメリカアラ
バマ州モンゴメリーで生まれ、父は肉屋を営むかたわら教会の助祭をして
おりました。また教会のオルガン奏者であった母から12才までオルガンを
習っていました。その後一家は父親が牧師になり、北部のシカゴに移り
住みました。10代の頃からピアニストとして活動し、スウィング・
ジャズ時代末期にピアニストとして活躍しました。ダンサーであった
娘と結婚して、ロサンジェルスのクラブでピアノトリオとして演奏中に、
客からの要望により"Sweet Lorraine"を歌い、このレコードが初のヒット
レコードとなりました。24才の時に彼のトリオは設立したばかりの
キャピトル・レコードと契約し、ナット・キング・コールのレコードは
大ヒットを続け、1956年に完成したハリウッド・ヴァイン交差点の
キャピトル・レコードの円形ビルはナット・キング・コールが建てた
ビルと呼ばれました。ここでの初のボーカル・レコードは黒人民話を
元に彼自身が作った"StraightenUp and Fly Right"という歌で、50
万枚を超えるヒットレコードとなりました。40年代後半からポップ
指向のボーカル路線に切り替えて、この"The Christmas Song"、"Nature
Boy" 、"Mona Lisa" 、"Too Young"、"Unforgettable"(いずれも当CD
に入っている)と続き、いずれも彼の超ヒット曲となりました。しかし
ジャズボーカルにも思い入れがあり、37才の時にジャズアルバムの
"After Midnight"を出してこれもヒットしました。そして自らのTVショウ
"The NatKing Cole Show"に出演し、この番組にはエラ・フィッツジェ
ラルド始め超一流歌手が出演し、放送は一年間続きました。その後も
彼のヒットは続き、"Smile", "Pretend(当CDに入っている)",
"A Blossom Fell", "If I May"がリリースされました。1958年
彼が56才の時、キューバのハバナを訪れてアルバム"Cole Espanol"
を録音し、現地語のスペイン語で歌って大ヒットとなりました。
その後も生涯にわたりヒット曲を歌いつづけ、末子のフレディと
娘のナタリーも歌手となりました。生まれ故郷のアラバマでは、
音楽とジャズの殿堂入りし、1990年にはグラミーの生涯業績
賞が授与されました。


ナット・キング・コール ( ナット・キング・コール・ソサエティ )

メル・トーメ ( vh1.com )

リク村尾のHP(ジャズ詩大全)

サンタ・クロース(フィンランド)

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