マーニ・ニクスン /
踊り明かそう(アイ・クッド・ハブ・ダンスド・オール・ナイト)
( I Could Have Danced All Night )
作詞 / アラン・ジェイ・ライナー ( Alan Jay Lerner )
作曲 / フレデリック・ロウ ( Frederick Loewe )
My Fair Lady ( SONY )
I Could Have Danced All Night
I could have danced all night!
I could have danced all night
And still have begged for more.
I could have spread my wings
And done a thousand things
I've never done before
I'll never know what made it so exiciting;
Why all at once my heart took flight
I only know when he
began to dance with me,
I could have danced, danced, danced,
All night!
私は夜通し踊り明かしたいの!
夜通し踊っていたい、
もっともっと、お願いよ。
私は翼をいっぱいにひろげて、
何千ものことをしたいの、
今までしたことのなかったことを。
何が私をこんなに感動させ、
なぜ私の心臓を宙に舞上がらせるのかは知らないけれど、
ただ私にわかっていることは、
彼が私の手をとって踊りだしたとき、
私は踊りだしたくなったの、
夜通しでも!
訳:岡俊雄・田中美紀
この曲の詩を書いたアラン・ジェイ・ライナー(1918-1986)は
アメリカブロードウェイ・ミュージカルの脚本家、作詞家で、
有名な婦人服メーカーの富豪の息子としてニューヨークに生まれ、
ハーバード大学に学び、クラスメイトには後の合衆国大統領と
なったジョン・エフ・ケネディもおりました。ハーバード在学中に
毎年行われる献金が目的の創作ミュージカル祭で最初のミュージカル
を書きました。大学卒業後、最初はラジオの歌番組の台本を書いて
おりましたが、作曲家のフレデリック・ロウと出会い、24才の時
初の共作をしました。その後二人はブロード・ウェイで数々のヒット・
ミュージカルを連発し、1956年、アラン38才の時このマイ・
フェア・レディが上演されました。このミュージカルはジョージ・
バーナード・ショウの戯曲ピグマリオン(遊び/冗談/博打)を
原案としてミュージカル化したものであります。このミュージカル
では主役のイライザ役に、サウンド・オブ・ミュージックの
ジューリー・アンドリュース、ヒギンス教授役では、この映画と
同じレックス・ハリソンがつとめ、ニューヨーク、ロンドンで
上演されて空前のヒットとなりました。その為8年後にハリウッド
でオードリー・ヘップバーンを主役として映画化され、オスカー
(アカデミー賞)8部門を獲得し、全世界で大ヒットするミュージカル
映画となりました。その後も多くのヒット・ミュージカルを書き
ましたが、晩年は引退してロス近郊のパーム・スプリングで過ごし、
67才の時に肺がんのためニューヨークで亡くなりました。この曲を
作曲したフレデリック・ロウ (1901-1988)はオーストリア、ウィーン
出身の両親のもと、ドイツのベルリンで生まれました。父親はユダヤ・
オペレッタの有名なスターで、南北アメリカ、ヨーロッパを公演で
飛び回っておりました。ベルリンで育ったフレデリックは5才から
13才まで地元の士官学校へ通い、父親からはピアノを習いました。
その後ベルリンの音楽学校に通い、そこでチリ出身の名ピアニスト
クラウディオ・アラウに師事しコンサート・ピアニストになりましたが、
24才の時、父親がニューヨークから仕事の依頼を受け、それに同行した
彼はミュージカルの作曲家となることを決意しました。ニューヨーク
ではドイツ人クラブや無声映画でピアノの演奏をしておりましたが、
41才の時、ブロードウェイ・ミュージカル作家のアラン・ジェイ・
ライナーと出会い、そこで初めてのミュージカルを共作しました。
二人は数々のミュージカルを書き上げ上演されましたが、5年後に
初のヒット・ミュージカルが出来ました。その後はヒット作を連発
しましたが、遂にフレデリックが55才の時、二人は不朽の名作
この”マイ・フェア・レディ”を創り大ロングランとなり、MGM
で映画化もされました。その後もヒット・ミュージカルを出しつづけ
ましたが、晩年はコンビのアランと同じパーム・スプリングに居を
構え、87才でその生涯を閉じました。ここでこの曲を歌っている
マーニ・ニクスン(1930年生まれ)はカルフォルニア州アルタデナ出身
でコロラトゥーラ・ソプラノとしてオペラやコンサートで活躍する
一方、ミュージカルやテレビ、映画で活躍。映画では吹き替えの
チャンピオンとして知られ、映画のサウンド・オブ・ミュージック
では尼僧の一人として出演しております。当初この映画ではオードリー・
ヘップバーン自身が歌の出演を熱望し、一部の歌はオードリーが歌って
いるとの説もあるのですが、二人は声の質も似ておりオードリーの
歌も良かったそうですが、より完璧を期すためマーニ・ニクスンが
歌の吹き替えとなったそうです。しかしオードリー・ヘップバーンの
可憐な美しさはそれによって少しも損なわれてはおりません。これらの
経緯はDVD映画の”マイ・フェア・レディ”の制作逸話の中で
マーニ・ニクスン自身のインタビューで語られております。
オードリー・ヘップバーン( 公式サイト )
アラン・ジェイ・ライナー( インターネット・ムービー・データベース )
フレデリック・ロウ( インターネット・ブロードウェイ・データベース )
ブロードウェイ・ミュージカル・ガイド ( BROADWAY.COM )
この歌についての感想、思い出等
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