マイケル・ブーブレ サマー・ウインド( Summer Wind )
作詞・作曲/ハンス・ブラッケ、ハインズ・メイヤー、ジョン・マーサー
Song Hans Bradtke,Heinz Meier,John Mercer
michael buble' ( Reprise )
サマー・ウインド
夏の風が 海を渡って吹き込んでくる
そこで名残惜しげに君の髪に触れ 歩く僕にまとわりつく
夏の間じゅう僕らは歌を歌い 黄金色の砂の上を歩いてた
2人の甘い恋人たちと夏の風
色鮮やかな凧のように そんな日々と夜はあっと言う間に飛び去った
青空の傘の下 世界はまるで違って見える
そして 笛吹きよりもひそやかに それは君を誘い出し
僕は君を夏の風に奪われた
秋の風 そして冬の風 やって来ては去って行った
それでも日々は 独りぼっちの淋しい日々は ずっと続いている
そんな終わりのない夜に優しい子守唄を歌ってくれるのは誰だと思う
僕の気紛れな友達 夏の風さ
秋の風 そして冬の風 やって来ては去って行った
それでも日々は 独りぼっちの淋しい日々は ずっと続いている
そんな終わりのない夜に優しい子守唄を歌ってくれるのは誰だと思う
僕の気紛れな友達 夏の風さ
夏の風
温かな夏の風
夏の風よ
対訳:田村亜紀
このサマー・ウインドはフランク・シナトラがリプリーズ・レコードの
レーベル、"Strangers in the Night"の中でもネルソン・リドルの編曲
で歌っている名歌ですが、ここでは若き新星のマイケル・ブーブレが、
彼の第一弾のこのアルバムでこの歌を歌っております。このマイケル・
ブーブレ(1975年生まれ)は、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア
州のバーナビーで生まれ祖先はイタリア系です。現在祖父母はイタリアに
近い、クロアチアのトロジルに住んでおり、その祖父はジャズ・レコードの
コレクターで、幼いときからマイケルはそのレコードを聴いて育ち、最後は
歌手となりました。そして3枚のアルバムを出し、その内の一枚は祖父に
捧げたものでした。そしてカナダ映画"Here's to Life "のために作った
2つの歌はジェニー賞にノミネートされました。マイケルが歌手として
ブレークしたきっかけは、あるビジネス・パーティで歌ったのを、
カナダの前首相であったブライアン・マーロニーの同僚であった
マイケル・マックスイーニーが聴き、その彼にアルバムをプレゼント
したところ、マックスイーニーがブライアン・マーロニー夫妻にそれを
聴かせ、そのマーロニー夫妻が2000年に挙行された娘の結婚式に
マイケルを招待しました。そこで彼は"Kurt Weill's"と "Mack the Knife"
の2曲を歌いました。その席でマーロニーは3度のグラミー賞受賞に輝く
ワーナー・ブラザーズ・レコードの重役で名プロデューサーのデビッド・
フォスターに紹介し、その彼のレーベルと契約を結び、2003年に
この第一弾のアルバム"Michael Buble'"が発売され、すぐにカナダ、
オーストラリア、イギリスのヒット・チャートを駆け上がり、アメリカの
ビルボード誌のアルバム・トップ30にもチャート・インしました。
そして2003年にはクリスマス・アルバムの
"Let it Snow "
が発売され、
これもヒット・チャートの上位となり、同年の第二弾の
"it's time"
が
リリースされ、そのアルバムはヨーロッパ総合で1位、全米では7位と
なりました。そしてそのアルバムではエイミー・ギレスと歌詞を共作して
自ら作曲したオリジナルの"Home"が含まれており、その歌はシングル盤
としても発売されました。昨年(2007)までに彼のアルバムは400
万枚以上を売り上げ、アメリカのアイドルとして全米ツアー公演が始まり
ました。そして第三弾のアルバムである
"Call Me Irresponsible"
がリリースされ、これは各国のチャートで文句なしのチャート・トップ
となっております。今後ともそのパフォーマンスは輝きを増し、21世紀
の代表的なエンターテイナーとなることでしょう。
マイケル・ブーブレ( 公式サイト )
この歌についての感想、思い出等
もっとボーカル!
アマゾン・ミュージック マイケル・ブーブレ
HOME